先週(10月21日)、東京地裁で自主避難者の住まいの権利裁判の11回目の裁判でした。前回の期日に、埼玉に避難した原告のお母さんに、次回、裁判官の前での意見陳述をお願いし、了解して貰いました。ところが直前になって「原稿が書けない」と。しばしの意見交換の中で「福島原発事故は一度で済まず二度発生した、一度目は自然(放射能)が人間に起こした天災だったけど、二度目は人間が人間に起こした人災だった」の話に彼女は「そうでした。書いてみます」と。それから一気に素晴らしい原稿を書き上げ、当日、今も続く避難生活の思いを自身の言葉で切々と裁判官に訴えました。
ブックレットもこの方の意見陳述と同じです。原発事故という人間が人間に対して起こした人災について、その悲劇からの救済について書いたものです。なぜなら、福島原発事故を起こしておきながら、日本社会はそれを救済する法律を備えておらず(専門用語で「法の欠缺(穴)」といいます)、そればかりか事故後も法律を制定してその「法の穴」を埋めようともせず、放置しっぱなしにしているからです。
そこで起きたことは「法なき世界」のまま、文科省の20mSv通知がその典型ですが、政府が自由裁量という名のもとで好き放題の政策を取ってきたのです。その結果、被災地の人々、とりわけ子どもたちの命、健康、暮らし、未来という人権が脅かされ、侵害されてきました。
その「法なき世界」の暗黒状態に、市民の手で光となる法(つまりチェルノブイリ法日本版)を導入し、311後のゴミ屋敷の日本社会を人権屋敷に再建しよう、それがブックレットの目的でした。
それは一方で、これまで、救済の「法なき暗黒社会」の中でどこにも行き場がなく、「苦悩という避難場所」に避難していた人に、これを読み「現実の避難場所」を見出して欲しいと思い、他方で、311後の日本社会で普通に生きられると思っている人に、これを読み「頭の中がグジャグジャになって」欲しいと思って書かれたものです。
ただ、以上のことは日本版の会発足当初から掲げてきたことであり、ブックレット作成にあたっては、そこから「一歩前に出」たいと思い、その試行錯誤の中で思いがけない一歩が見つかりました。
それが「人権の再発見」。敢えて標語風に言えば、それは「市民運動の脱政治」「政治運動から人権運動へのシフト」、そして「民主主義の永久革命」の民主主義から政治を抜き去った「人権の永久革命」。
これを読んだ日本版の会員の或る人はすぐさまその意図を察知して、地元でやる学習会に次の演題を選びました。「原発事故後の社会を生き直す――市民運動の問題は従来の解き方では解けない――」。従来の解き方とは人々を敵と味方に分断する「政治の論理[1]」による解決。これに代わる新たな解き方が人々の共存をめざす「人権の論理」。
この演題は、ブックレットが、これまでの市民運動の中で分断の壁にぶつかった人たちに新たな気づきをもたらしたいと願い書かれたものを受け止めたものでした。
ところが、いざ一歩前に出たら、今度はもうひとつの壁が目の前に。
それが、市民運動に無縁のごく普通の市民の壁です。彼らにとって市民運動の分断なんてどうでもよい、だったら、ブックレットはごく普通の市民に何をもたらすのか。それが新たな、そして本質的な課題として目の前に登場したのです。
この夏中、私はこの課題に釘付けとなり、今もなお霧の中で試行錯誤の最中です。尤も、私なりにその霧を晴らす光が見つかったのですが、東京と埼玉の2つの集会でそれを口にしてみて、私にはまだその光を誰もがすぐ分かるように明快な言葉で説明する力量がないことを自覚しました。
唐人の寝言みたいな舌足らずでスミマセン、これがこの2つの集会の率直な感想、報告です。
ただ、私自身の中では、原発事故とは何であったのか、その正体とこれと向き合うために何が必要なのか、今度こそ「もう一歩前に出て」それについて突き詰めて、ひとつの決着をつける積りで、その時には日本版の最終ゴールが何なのかが明瞭に見える筈だとひそかに確信しています。
[1] ただし、これは私が最も優れた把握だと思うカール・シュミットによる「政治の定義」(以下の「政治的なものの概念」)です。シュミットも世に存在する全ての政治をこれで定義できると実証した訳ではありません。
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